【2026年施行】企業価値担保権とは?借入事業者が活用するための実務ポイントと銀行員経験から見た注意点

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目次

はじめに

2026年5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」が施行され、新たに「企業価値担保権」が導入されました。

企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証に過度に依存せず、企業の事業全体の価値や将来キャッシュフローに着目した融資を後押しする制度です。

特に、有形資産を多く持たないスタートアップ、サービス業、SaaS企業、技術やノウハウを強みにする中小企業、事業承継を控える企業にとって、新しい資金調達の選択肢になり得ます。

一方で、企業価値担保権は「担保なし・保証なしで簡単に借りられる制度」ではありません。

金融機関との継続的な情報共有、事業計画の精度、KPI管理、他行取引への配慮が重要になります。

本記事では、借入事業者の立場から、企業価値担保権の活用方法と注意点を整理します。

また、銀行員として融資実務に関わってきた経験も踏まえ、制度上のメリットだけでなく、実務上どのような点に注意すべきかについても解説します。

1. 企業価値担保権とは

無形資産

企業価値担保権とは、企業の総財産、無形資産、将来キャッシュフローを含む「事業全体の価値」を担保として捉える制度です。

従来の融資では、不動産、設備、預金、経営者保証などが重視される傾向がありました。

しかし、現代の企業価値は、必ずしも不動産や設備だけで構成されるわけではありません。

たとえば、次のようなものも企業価値の源泉です。

・ブランド力
・顧客基盤
・技術、ノウハウ
・営業力
・組織体制
・知的財産
・継続課金モデル
・将来キャッシュフロー
・経営者やチームの実行力

企業価値担保権は、こうした目に見えにくい価値も含めて、金融機関が事業性を評価しやすくするための制度です。

つまり、銀行が見る対象は「いま持っている資産」だけではありません。

「この会社は、これから本当に稼げるのか」
「この事業は継続的にキャッシュフローを生み出せるのか」
「経営者は計画を実行できるのか」

といった点まで見られることになります。

これは、資産を持たない企業にとっては大きなチャンスです。

一方で、金融機関から見れば、事業の中身を深く理解しなければ貸せないため、審査もモニタリングも難しくなります。

だからこそ、借りる側の準備が重要になります。

2. どのような企業に向いているか

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企業価値担保権は、特に次のような企業に向いている可能性があります。

成長投資をしたい企業

新規出店、設備投資、採用、広告投資、研究開発など、将来の成長に向けてまとまった資金が必要な企業です。

これまでなら、不動産担保や経営者保証がないことで資金調達が難しかった企業でも、事業計画や将来キャッシュフローに説得力があれば、融資の可能性が広がるかもしれません。

有形資産が少ない企業

SaaS、IT、コンサルティング、教育、医療・ヘルスケア関連サービス、D2C、専門サービス業など、不動産や大型設備をあまり持たない企業です。

こうした企業は、貸借対照表に表れにくい顧客基盤、技術、ブランド、ノウハウが価値の源泉になっていることがあります。

企業価値担保権は、そうした無形資産を金融機関に説明するきっかけにもなります。

事業承継を進めたい企業

事業承継では、後継者が経営者保証を負うことに不安を感じるケースがあります。

企業価値担保権は、経営者個人の保証ではなく、企業の事業価値に着目する制度であるため、事業承継時の資金調達の選択肢になる可能性があります。

事業再構築・第二創業を進めたい企業

既存事業から新規事業へ転換する場合や、第二創業として新たな成長領域に投資する場合にも活用余地があります。

過去の財務内容だけではなく、今後の事業計画や成長可能性を説明できるかが重要になります。

3. 借入事業者のメリット

business handshake office

企業価値担保権を活用するメリットは、主に3つあります。

1. 不動産担保に依存しない資金調達の可能性が広がる

不動産を持たない企業でも、事業の将来性、顧客基盤、技術力、収益モデルを説明できれば、融資の可能性が広がります。

これまでのように「担保がないから難しい」と一律に判断されるのではなく、事業そのものの価値を見てもらえる余地が出てきます。

2. 経営者保証に過度に依存しない融資が期待できる

企業価値担保権は、経営者個人の保証ではなく、企業の事業価値に着目する制度です。

そのため、経営者保証がネックになっていた事業承継や成長投資において、活用が期待されます。

ただし、すべての融資で経営者保証が不要になると決まっているわけではありません。

実際の取り扱いは、金融機関の審査方針、借入企業の財務内容、資金使途、経営管理体制などによって異なると考えられます。

3. 金融機関から伴走支援を受けやすくなる

企業価値担保権では、金融機関が事業価値の維持・向上に強い関心を持つため、融資後も事業計画やKPIを見ながら伴走支援を受けられる可能性があります。

単に資金を借りるだけでなく、金融機関と対話しながら成長を目指す会社にとっては、プラスに働く可能性があります。

4. 借入事業者のデメリット・注意点

business risk analysis

一方で、注意すべき点もあります。

1. 情報開示の負担が増える

月次試算表だけでなく、事業KPI、資金繰り、事業計画との差異、改善策などを継続的に報告する必要が高まります。

企業価値担保権を活用するということは、金融機関に対して経営の透明性を高めるということです。

「借りた後は自由にやりたい」という会社には、やや負担が大きい制度かもしれません。

2. 重要な財産処分には事前同意が必要になる場合がある

企業価値担保権を設定すると、通常の事業活動を超える重要な資産売却、事業譲渡、大規模な組織再編などについて、金融機関との事前調整が必要になる可能性があります。

この点を曖昧にしたまま契約すると、融資後の経営判断に支障が出る可能性があります。

3. 他行取引が難しくなる可能性がある

企業価値担保権は事業全体の価値を担保とするため、1つの金融機関に設定した場合、他の金融機関が追加融資を行いにくいと感じる可能性があります。

この点は、制度活用時に必ず検討すべき重要論点です。

5. 企業価値の評価は銀行によって変わるのか

企業価値担保権を活用する際に、借入事業者が理解しておきたいのが「企業価値の評価は、金融機関によって変わり得る」という点です。

不動産担保であれば、路線価、不動産鑑定、近隣取引事例など、比較的共通した評価材料があります。

しかし、企業価値担保権で評価されるのは、将来キャッシュフロー、無形資産、顧客基盤、技術、ノウハウ、経営者の実行力、事業計画の実現可能性などです。

これらは、金融機関の業界理解、審査方針、リスク許容度、過去の融資経験によって評価が変わります。

評価会社に委託されるのか

外部の評価会社、公認会計士、M&Aアドバイザー、知財評価の専門家などが、参考資料やセカンドオピニオンとして関与する可能性はあります。

たとえば、次のような場面です。

・特許や知的財産の価値を確認したい場合
・ブランドや顧客基盤の経済的価値を補足したい場合
・将来キャッシュフローの前提を第三者的に検証したい場合
・M&A類似の企業価値算定を参考にしたい場合

ただし、外部評価はあくまで参考材料です。

最終的に「その企業にいくら融資するか」「どの条件で融資するか」を判断するのは、各金融機関です。

外部評価会社が算定した企業価値が、そのまま融資可能額になるわけではありません。

また、金融庁のFAQでも、金融機関が担保評価や信託のために部門新設や外部委託を必ず行う必要があるとはされていません。

むしろ、支店の融資担当者が融資契約に加えて信託契約を締結し、事業性の評価を行うことも想定されています。

つまり、企業価値担保権においては、銀行自身の事業を見る力がより重要になります。

なぜ銀行によって評価が変わるのか

評価が変わる主な理由は3つあります。

1つ目は、将来見通しの置き方が違うことです。

同じ会社でも、売上成長率を高く見る銀行もあれば、保守的に見る銀行もあります。

市場成長、競合環境、顧客継続率、価格競争の影響などをどう見るかによって、将来キャッシュフローの評価は変わります。

2つ目は、銀行ごとの得意分野が違うことです。

IT、SaaS、医療・介護、製造業、地域密着型サービス、知財ビジネスなど、金融機関によって理解しやすい業種は異なります。

自社のビジネスモデルに近い融資実績を持つ銀行であれば、無形資産や将来性を比較的前向きに評価してもらえる可能性があります。

一方で、その業界に詳しくない銀行では、どうしても保守的な評価になりやすくなります。

3つ目は、メインバンクとサブバンクの立場の違いです。

メインバンクは、日頃から経営者と対話し、資金繰りや事業の変化を見ているため、財務諸表だけでは見えない経営力や組織力を評価しやすい立場にあります。

一方、サブバンクや新規取引行は、開示された資料を中心に判断するため、評価が慎重になりやすい傾向があります。

借入事業者が取るべき対応

企業価値の評価が金融機関によって変わり得る以上、借入事業者は受け身で待つのではなく、自社の価値を説明する準備が必要です。

具体的には、次の3つが重要です。

1. 自社のビジネスモデルに強い金融機関を選ぶ

同業種への融資実績、スタートアップ支援、事業承継支援、知財評価、地域産業への理解など、自社と相性のよい金融機関を見極めます。

2. 評価の根拠を事業者側から示す

銀行が内部審査で説明しやすいように、次のような資料を準備します。

・顧客継続率
・リピート率
・契約残高
・受注残
・粗利率
・解約率
・顧客の声
・市場規模
・競合比較
・知財や技術の優位性
・事業計画と実績の差異分析

重要なのは、「当社には価値があります」と主張することではありません。

「この強みがあるから、この売上・利益・キャッシュフローにつながる」と、因果関係で説明することです。

3. 複数の金融機関と事前に対話する

企業価値担保権を検討する場合は、最初から1行に決め打ちするのではなく、複数の金融機関と事前に対話しておくことも有効です。

「御行の目線では、当社の事業価値や融資可能性をどのように見ますか」

「このビジネスモデルをどのKPIで評価されますか」

「他行取引や将来の追加融資の余地はどのように設計できますか」

といった形で確認しておくと、自社の事業を理解してくれる金融機関を見極めやすくなります。

企業価値担保権は、銀行が一方的に企業価値を査定する制度ではありません。

事業者と金融機関が対話しながら、事業価値の見方をすり合わせていく制度です。

その意味で、企業価値担保権を活用するためには、資金調達力だけでなく、自社の価値を説明する力が必要になります。

6. 認定事業性融資推進支援機関制度で、評価のブレは小さくなるのか

企業価値担保権については、今後「認定事業性融資推進支援機関制度」の整備も進められる見込みです。

これは、企業価値担保権や事業性融資について専門的な知見や実施体制を持つ団体を、国が認定する仕組みです。

認定された支援機関は、事業者と金融機関の対話を円滑にしたり、事業計画や返済計画などの資料作成を支援したり、制度や実務に関する情報提供、人材育成、研修、事例収集・普及などを行うことが想定されています。

この制度が整備されることで、企業価値担保権の活用における実務上のばらつきは、一定程度小さくなる可能性があります。

たとえば、事業計画の見せ方、KPIの整理、モニタリング項目、金融機関との対話方法などについて、支援機関が関与することで、借入事業者と金融機関の間に共通言語が生まれやすくなると考えられます。

これは、企業価値担保権の普及にとって前向きな動きです。

一方で、評価のブレが完全になくなるわけではありません。

企業価値担保権における評価は、不動産担保のように、誰が見ても同じような金額になるものではありません。

将来キャッシュフロー、事業計画の実現可能性、無形資産、経営者の実行力、市場環境などをどう見るかによって、評価は変わります。

また、最終的に融資判断を行うのは金融機関です。

外部の支援機関が関与したとしても、その評価や助言がそのまま融資額や融資条件になるわけではありません。

支援機関の役割は、銀行の審査を代行することではなく、事業者と金融機関の対話の質を高め、事業性融資に必要な資料や考え方を整理することにあると考えるべきです。

したがって、借入事業者としては、認定支援機関を「融資を通してくれる外部機関」と考えるのではなく、自社の事業価値をより分かりやすく金融機関に伝えるための支援者として活用するのが現実的です。

評価のブレを小さくする効果は期待できますが、最後はやはり、自社の事業を理解してくれる金融機関を選ぶこと、そして自社の価値を自ら説明できることが重要です。

7. 銀行員経験から見る、企業価値担保権の実務上の注意点

ここまで企業価値担保権の制度面を整理してきましたが、銀行員として融資実務に関わってきた経験から見ると、企業側が手放しで「資金調達手段が増えた」と喜べる制度かというと、やや慎重に考える必要があると感じています。

特に注意したいのが、他の金融機関との取引です。

企業価値担保権をメインバンクに設定した場合、他の銀行からは、

「将来のキャッシュフローも、会社の資産も、すでにメインバンクに押さえられている」

と見える可能性があります。

そのため、制度上は他行取引が禁止されていなくても、実務上は追加融資が難しくなる場面が出てくることは十分に考えられます。

もちろん、この点については制度上の対応も用意されています。

たとえば、複数の金融機関で1つの企業価値担保権を共有する方法があります。

協調融資やシンジケートローンのように、複数行で同じ担保を見ながら融資する形です。

また、企業価値担保権に極度額を設定し、その枠外で他行取引の余地を残す方法もあります。
さらに、債務者側が他の金融機関から借換えを行うことも、制度上は想定されています。

実際はどうなのか

ただし、ここで考えたいのは「制度上できること」「中小企業の実務で使いやすいこと」は必ずしも同じではないという点です。

大企業であれば、複数の金融機関が集まり、協調融資やシンジケートローンを組むことは珍しくありません。

しかし、一般的な中小企業が、自ら複数の銀行に対して企業価値担保権を前提とした協調融資を依頼することには、ややハードルがあるように感じます。

そもそも、複数行で分担するほど大きな金額の調達が、通常の営業状態で必要になる中小企業は限られます。

また、金融機関同士の調整にも時間と手間がかかります。

極度額についても注意が必要です。

制度上は、極度額を設定することで枠外に他行取引の余地を残すことができます。
しかし実務的には、設定する金融機関が、必要な融資額と同額だけを極度額として設定するとは限りません。

担保価値の変動、将来の追加融資、資金需要の増加、保全上の余裕などを考え、ある程度余裕を持った極度額を求める可能性があります。

その結果、形式上は枠外取引が可能であっても、実際には他行が入りにくい状態になることも考えられます。

借換えについても同じです。

企業の業績が好調で、複数の金融機関から前向きな提案を受けられる状況であれば、借換えは有効な交渉手段になります。

一方で、実際に資金が必要になるのは、資金繰りがタイトな時期であることも少なくありません。

そのような局面で、メインバンクに対して「他行に借り換えます」と強く交渉することは、経営者にとって心理的にも実務的にも簡単ではありません。

この点を考えると、企業価値担保権は、企業側にとって新しい選択肢である一方、使い方を誤ると金融機関との関係や将来の資金調達余地を狭める可能性もあります。

銀行も手探り段階?

銀行側から見ても、企業価値担保権は単純に使いやすい制度とは言い切れません。

保全の強化という面ではメリットがあります。

しかし、自行で企業価値を評価する以上、評価が外れた場合のリスクがあります。

また、1行で大きく関与する場合は、リスクを他行に分散しにくくなり、企業と一体で経営状況を見続ける必要があります。

つまり、銀行にとっても、従来の不動産担保や経営者保証型の融資より、かなり高い目利き力とモニタリング力が求められる制度です。

借入事業者の目利き

だからこそ、借入事業者にとっては「どの銀行から借りるか」がこれまで以上に重要になります。
単に金利が低い銀行を選ぶのではなく、自社のビジネスモデルを理解してくれる銀行か。

自社の成長性や無形資産を適切に評価してくれる銀行か。

他行取引や将来の追加融資の余地まで一緒に考えてくれる銀行か。

企業価値担保権を活用する場合は、こうした視点で金融機関を選ぶ必要があります。

この制度は、企業にとっても銀行にとっても、まだ実務が固まりきっていない制度です。

今後、各金融機関がどのように評価し、どのように契約条件を設計し、どのようにモニタリングしていくのかを見極めることが重要です。

企業側としては、「新しい制度だから使う」のではなく、自社の資金調達戦略、メインバンクとの関係、他行取引の必要性、将来の借換え可能性まで含めて、慎重に判断する必要があります。

8. 金融機関は何を見ているか

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企業価値担保権を活用した融資で、金融機関が重視するのは次の点です。

・事業計画の実現可能性
・将来キャッシュフローの根拠
・売上や利益を生み出す因果関係
・無形資産の強み
・経営者の説明力
・月次管理体制
・資金使途の妥当性
・ダウンサイドリスクへの対応策
・金融機関との対話姿勢

特に重要なのは、「なぜその売上が実現できるのか」を説明することです。

単なる売上目標ではなく、顧客数、単価、継続率、粗利率、受注残、稼働率など、事業の構造を数字で説明する必要があります。

たとえば、

「広告費を増やすので売上が伸びます」

だけでは弱いです。

必要なのは、

「この顧客層に対して、このチャネルで集客し、過去の実績からこの獲得単価で顧客が増え、継続率はこの水準で推移している。だから将来の売上とキャッシュフローはこのように積み上がる」

という説明です。

企業価値担保権で借入を検討するなら、事業計画書は単なる売上予測ではなく、金融機関が稟議を書きやすい資料にする必要があります。

9. 借入事業者が準備すべき資料

企業価値担保権を活用した借入を検討する場合、最低限次の資料を準備したいところです。

・事業計画書
・資金使途の説明資料
・月次資金繰り表
・3〜5年程度の損益計画
・主要KPIの推移
・顧客基盤やリピート率に関する資料
・競合比較資料
・自社の強み、無形資産の説明資料
・リスクシナリオと対応策
・金融機関への月次報告フォーマット

ポイントは、金融機関が稟議を書きやすい状態にしておくことです。

「この会社は伸びそうです」ではなく、

「この根拠があるため、この資金を投じれば、このキャッシュフローが見込めます」

と説明できる資料が必要です。

また、金融機関が融資後のモニタリングをしやすいように、事業者側から報告フォーマットを提案することも有効です。

たとえば、毎月次のような情報を共有する形です。

・月次試算表
・資金繰り表
・売上、粗利、営業利益の推移
・主要KPIの進捗
・事業計画との差異
・差異が出た理由
・翌月以降の改善策
・資金需要の見通し

金融機関は、融資後に事業の変化を把握できないことをリスクと感じます。

そのため、事業者側から透明性の高い情報共有を提案できれば、「この経営者なら伴走しやすい」と感じてもらいやすくなります。

10. 他行取引を続けたい場合の対策

企業価値担保権を設定すると、他の金融機関からの追加融資が難しくなる可能性があります。

ただし、制度上も実務上も、他行取引の余地を完全に閉ざすものではありません。

重要なのは、融資を受ける前の段階で、他行取引や将来の追加融資の可能性をどこまで設計しておくかです。

企業価値担保権を活用する場合は、次の点を事前に金融機関へ確認しておく必要があります。

1. 最初から複数行での活用を検討する

複数の金融機関が1つの企業価値担保権を共有し、協調融資やシンジケートローンのような形で支援する方法があります。

この場合、金融機関同士の意思決定方法や優先順位を信託契約などで明確にしておく必要があります。

ただし、中小企業の場合、複数行で協調融資を組むほどの金額規模になるか、金融機関同士の調整コストに見合うかを慎重に考える必要があります。

2. 極度額を設定する

企業価値担保権に極度額を設定することで、その枠外で他行取引の余地を残せる可能性があります。

将来的に追加融資を受ける可能性がある場合は、最初の契約時点で極度額の設計を相談しておくべきです。

ただし、金融機関がどの程度の極度額を求めるかによって、実際に他行取引の余地が残るかは変わります。

必要額と同額だけの極度額になるとは限らないため、ここは契約前に十分確認しておく必要があります。

3. 通常の事業活動の範囲を明確にする

短期の運転資金、手形割引、通常の設備更新、一定額以下の資産売却などを、どこまで通常の事業活動として扱うのかを事前に確認しておきます。

この範囲が曖昧だと、融資後の経営判断に支障が出る可能性があります。

特に、他行からの短期資金調達やスポット的な運転資金調達を行う可能性がある場合は、その取り扱いを事前に金融機関とすり合わせておくことが重要です。

4. 後順位・無担保での追加融資の可能性を確認する

他行からの追加融資について、後順位の担保権設定、個別資産担保、無担保融資などの選択肢があるかを確認します。

企業価値担保権を設定した後に他行から追加融資を受けようとしても、他行側が慎重になる可能性があります。

そのため、最初の段階で「将来、他行から資金調達する場合はどう扱うのか」を確認しておくべきです。

5. 借換えの可能性を残しておく

事業の成長段階や金融機関との関係が変わった場合、借換えによって負債構造を組み替える選択肢もあります。

ただし、借換えは制度上可能であっても、実際には契約条件、手数料、既存金融機関との調整、他行の審査などが必要になります。

資金繰りが厳しい局面では、借換え交渉そのものが難しくなることも考えられます。

そのため、借換えは「最後のカード」として考えるのではなく、平時から複数の金融機関と関係を持ち、自社の事業状況を理解してもらうことが重要です。

11. 活用前のチェックリスト

企業価値担保権を使う前に、次の点を確認しましょう。

・自社の無形資産を説明できるか
・将来キャッシュフローの根拠を示せるか
・月次KPIを管理できているか
・金融機関に定期報告できる体制があるか
・他行取引への影響を検討したか
・通常の事業活動の範囲を契約前に確認したか
・重要な財産処分の承諾ルールを理解しているか
・極度額の設定が将来の資金調達に与える影響を確認したか
・借換えの可能性と現実的なハードルを理解しているか
・経営者保証との関係を確認したか
・自社の業界やビジネスモデルに強い金融機関を選んでいるか
・顧問税理士、弁護士、金融機関と事前に相談したか

企業価値担保権は、単に融資の選択肢が増える制度ではありません。

自社の事業価値をどのように説明し、どの金融機関と組み、将来の資金調達余地をどう残すかまで考える必要があります。

12. まとめ

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企業価値担保権は、不動産担保や経営者保証に依存しない新しい資金調達の選択肢です。

特に、不動産を持たない成長企業、無形資産を強みにする企業、事業承継や第二創業に取り組む企業にとっては、活用余地のある制度です。

しかし、借入事業者にとっては、単に借入しやすくなる制度ではありません。

事業計画、KPI、資金使途、将来キャッシュフロー、リスク対応を金融機関に説明し続ける力が求められます。

また、他行取引への影響も重要です。

企業価値担保権を活用する場合は、最初の契約段階で、複数行取引、極度額、通常の事業活動の範囲、追加融資、借換えの可能性を確認しておくことが欠かせません。

銀行員としての経験から見ても、この制度は「企業側がもろ手を挙げて喜べる制度」とまでは言い切れないと感じます。

一方で、うまく活用できれば、金融機関に自社の事業価値を深く理解してもらい、成長に向けた資金調達や伴走支援につなげることができる可能性があります。

そのために重要なのは、銀行選びです。

単に金利が低い銀行ではなく、自社のビジネスモデルを理解してくれる銀行か。

自社の無形資産や将来性を評価してくれる銀行か。

他行取引や将来の追加融資まで一緒に考えてくれる銀行か。

企業価値担保権を活用する際には、こうした視点で金融機関を選ぶ必要があります。

これからの銀行融資では、企業の「見える資産」だけでなく、「稼ぐ力」「成長する力」「説明する力」がますます重要になります。

企業価値担保権は、その象徴的な制度です。

中小企業やスタートアップにとって大切なのは、この制度を待つことではありません。

自社の事業価値を、いつでも説明できる状態にしておくことです。

そして、金融機関に任せきりにするのではなく、自社の価値を自ら言語化し、数字で示し、信頼できる金融機関と対話を重ねていくことが、これからの資金調達では重要になると考えます。

参考資料・確認日

・金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」
・金融庁「企業価値担保権に関するFAQ」
・金融庁「事業者と金融機関の信頼関係に基づく事業性融資に関する基本的な考え方」
・金融庁「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」
・ロイター報道「企業価値担保権、25日施行 みずほ1号案件は『がブリチキン。』」

確認日:2026年6月19日  

・認定事業性融資支援機関制度

確認日:2026年6月27日

※本記事は、上記公表資料および報道をもとに、銀行員としての融資実務経験を踏まえて作成したものです。制度の具体的な活用可否や契約条件は、金融機関、弁護士、税理士等の専門家にご確認ください。

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西谷 佳之(Yoshiyuki Nishitani) 0→2事業加速アクセラレーター / MBA / 株式会社エオストレ 代表取締役 地方銀行で約30年勤務し、1,000社以上の中小企業を支援。支店長として全店舗を表彰店に導いた融資・財務のスペシャリスト。大阪大学でベンチャー創生に携わった後、自らも複数のベンチャー経営に参画。現在は、自社フェムテックベンチャーを経営しつつ、関西にて複数の大学非常勤講師として起業教育に携わる一方、大阪と高知を拠点に、「0→1」及び 起業直後の「1→2」フェーズに特化した伴走支援を行う。著書・寄稿多数。銀行員の「数字の目」と経営者の「現場力」で事業の生存率を高めている。
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