池井戸先生の半沢直樹シリーズがようやくテレビ放映されました。
相変わらず攻めているなあ、と思う内容ですね。
銀行員時代、ちょうど第一シリーズを放映していましたが、毎日のように「銀行はあんなことやってるのですか」「本当にあんな感じなんですか」などのご質問を受けました。
みなさん、結構ご興味を持たれているのだなあと思ったものです。
ドラマ見ていないと、仕事にならないくらいでしたので 汗
今シリーズも後半は銀行での話となるようですので、ご質問をいただいたものをまとめてブログにもアップしたいと思います。
今回は、シリーズ放映に先立ち総集編が放映されましたので、当時ご質問の多かった場面のなかで、金融庁と銀行のやりとりにつきましてお話ししたいと思います。
金融庁って公務員なのにあんなに偉そうなの?
前作で片岡愛之助さんが演じる「黒崎主任検査官」には、頭取さえも頭を下げていました。
大手銀行の頭取(北大路欣也さんが演じておられました)なのに、金融庁のトップでもない人のほうが偉いの?
このような質問はたくさんいただきました。
かつて、銀行の検査は大蔵省が担っていました。
ところが不祥事が続き、省庁改変のため2001年に財務省に代わるときに、民間金融機関の検査・監督の部分のみ新しく出来た金融庁に移管されたのです。
つまり、金融庁は銀行を監督する立場にあります。

ドラマでは検査官達は、「動くな!」「電話を取るな!」とすごい剣幕で怒鳴っていました。
実際は 今の金融庁ではそこまで声を荒げることは無いかと思います。
大蔵省の時代は、少しそのようなところもありましたが、臨店検査では経験上そこまではなかったと思います。
国税局査察部(いわゆるマルサ)が急に来たときは、あのような感じで、「言うこと聞かないと即支店を閉める!」と脅され、怒鳴られることは多々ありました。

銀行どうしの合併なども,実は事前に金融庁にお伺いを立てたり、一部の案件は金融庁主導で行われていたりと、監督官庁の銀行に対する影響はかなり大きく、銀行は上部組織の監督官庁に頭が上がらないのです。
バブル期の銀行
「半沢直樹」の原作は、池井戸潤氏による「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」という小説です。
作者の池井戸潤氏も元銀行員ですが、1988年に三菱銀行に入行され、1995年に退職されておられるようです。

池井戸氏が銀行員だったころはまだ大蔵省が銀行検査を行っていました。
(多くの銀行には1年ごとに大蔵省と日本銀行が交代で検査に来ていたと思います)
そのころのイメージを持ってこの物語を書かれているのでしょう。
そのころの銀行と大蔵省、この物語よりも、現在の銀行と金融庁よりも、良いも悪いもずっと密な関係にあったと思います。
MOF担と銀行検査
各銀行は「MOF担」という名前で大蔵省担当者を設定し、検査日などの情報を何とか入手しようと大蔵省担当者に近寄っていました。
(MOF とはMinistry of Finance の略 各国の財務省のこと)
今は検査日をあらかじめ通知する方式ですが、当時は抜き打ち方式で検査日は直前まで知らされていなかったのです。
検査日だけではなく、その他の情報も前もって欲しかった銀行はあの手この手で情報入手を試みたのです。
それほど当時の大蔵省検査、金融庁検査は銀行にとって負担の大きいものだったのです。
聞き取り調査
バブル当時の銀行検査は本当に大変でした。
特に営業店にとって、資産査定(聞き取り調査)は大変でした。
営業店は検査前1~2週間は支店に缶詰となり、直前数日はほぼ徹夜状態で検査資料を作成していました。
その資料をみて、今でいう「格付」が正しいものかどうかを大蔵省検査官が判断するのです。
格付が正しくないといって下げられた場合はどうなるか。
銀行は貸出企業の格付によって、引当金を積まされています。
格付が悪いほど倒産の確立が高くなる。
つまり貸金を回収できない可能性が高くなるので、倒産した時にも大丈夫なように別途資金を積んでおいて、いざ貸し倒れが出た時に別途資金で充当し、財務に影響のないようにする仕組みなのです。
護送船団方式という言葉を聞かれたことがあるかと思います。
国は銀行の倒産や過当競争を防ぐことで金融安定化や預金者の保護を行ってきました。その代わりに行政指導は厳しく、当時の金融機関に経営の自由度はあまりありませんでした。
そして倒産を防ぐ手段のひとつとして、あらかじめ厳しい基準で引き当てを積んでいくことが求められたのです。
一方で銀行は、引当金を積めば積むほど使える資金が減ります。融資できる金額も減るので出来るだけ格付は上げておきたいのです。
ドラマの中で黒崎主任検査官が「120億の補填案を示さなければ、伊勢志摩ホテルは実質破綻先として即分類します!!」と言っていましたが、これは銀行にとっては大きな痛手なのです。
引き当て金の割合は格付によって変わります。要注意先より要管理先、要管理先より破綻懸念先、破綻懸念先より実質破綻先のほうが引き当て金割合が高くなります。
実質破綻先となれば、融資した200億に対して100%、つまり200億円を引き当てしなければならなくなるのです。
200億円の資金が拘束されるのですから、銀行はたまったもんではありません。

検査官と銀行担当者の激しいバトルは聞き取り会場のあちこちで繰り広げられていました。
黒崎主任検査官は「何故見抜けなかったの? 無能だからじゃないの?」と辛辣な言葉を投げていましたね。
大袈裟のように感じますが、あのような否定の仕方は、実際何度もありました。
検査官からの怒鳴りと嫌味、当時の銀行審査担当者、融資担当者は大変だったと思います。
銀行の大蔵省接待
そんな厳しい検査ですが、それでもなんとか情状酌量を、と銀行は大蔵省に擦り寄っていきました。
(昭和から平成初期はまだまだ情状酌量の余地は残っていたと思います。)
聞き取り調査の会場設営時には、
「この席に座っている検査官はコーヒー」
「この席の人はコーヒー飲まないのでお茶」
「この人は煙草を吸うので灰皿」
といった細かい情報が配られ、出来るだけ心証をよくするため銀行全体が接待モードのように感じられました。
今でこそ昼食など絶対受け取られませんが、当時は検査官には「松花堂弁当」「食後のデザート」などが当たり前でした。
検査が終わってからは、夜の接待に役員が出かけていきました。
その一方で、「検査官の何名かはこのホテルに泊まっているらしい。明日の臨店検査はこのあたりの支店ではないか」といった情報が夜中にも銀行に上がってきました。
「半沢直樹」では、現在の金融庁(実際は少し前の金融庁ですね。現在は資産査定の是非を問うという検査手法から変わっています)の体制を色濃くした、いわゆる資産査定の部分だけを強調した内容になっていますが、良くも悪くも「密」な時代だったのです。

しかし、いくら当時は「密」だったとはいえ、伊勢志摩ホテルの時のように、「資本を受け入れます」という社長からのメールの携帯画面を見せただけで検査が覆ることは無いですね。当然証拠資料などの提出が要求されますから。
銀行が段ボールに入れて資料を隠すなんて実際はありえない?
これも何人かに言われましたが、たしかに銀行が所轄官庁である金融庁をだますなんてありえないと思いますね。
しかし、あれは実際にあった事件をモチーフにしているのです。
実際に段ボールに入れて隠した銀行があったのです。
そして「半沢直樹」と異なり、その銀行は金融庁に見つかってしまいました。
(その実際の事件の担当検査官は黒崎主任検査官のモチーフにもなっており、非常に厳しいと有名な人でした)
UFJ銀行隠蔽事件
2003年(池井戸氏が退職されて8年後)UFJ銀行が金融庁検査において取引先の検討資料を段ボールにいれ、別室に疎開させました。
この資料は大口取引先を中心とした業況悪化について検討した資料だったようです。
何故かくしたか
先ほどお話しした格付を偽っていたようです。
実際、この資料が見つかったため、ダイエーや日本信販などのUFJ銀行大口融資先の業績悪化が明るみに出、不良債権処理の不足が1,480億円出てきたそうです。
格付毎に引当率が変わることは前述しましたが、1,480億円が「要注意先」から「要管理先」に変更されたそうです。
一般的に要注意先の引当割合は3~5%、要管理先は15%程度です。
つまり、約10% 148億円の引当金を隠ぺいしたことになります。
なぜこのようなことをしたのでしょうか。
当時UFJ銀行は業績が非常に厳しかったのです。
さらに公的資金を受け入れていた手前、この期に赤字となると経営陣が退陣しなければいけなくなる(3割ルール)崖っぷちの状況でした。

隠ぺいは組織ぐるみの犯行と認定され、一部業務停止処分に加え、前副頭取らの逮捕など厳しい処罰が下され、さらに三菱東京フィナンシャルグループとの経営統合を余儀なくされ、銀行自体がなくなってしまうことに繋がりました。
何故ばれたのか
「半沢直樹」ではバレませんでしたが、UFJ銀行ではバレてしまいました。
バレた理由は内部からのリークだったそうです。
ここは物語と同じですね。
UFJ銀行は三和銀行と東海銀行が統合して出来た銀行です。
噂ですが、三和銀行が主導権を持って経営をしていたそうで、東海銀行の役員用の個別役員室もつぶされ非常に不満を持っているという話が流れていました。
その体制をよく思っていなかった東海側の行員がリークしたのだと、銀行員同士では噂をしていました。
文化の違う銀行同士が合併すると、どうしてもポジションの取り合いが行われます。
半沢直樹も言っていましたが、自分たちの(自分の)ことしか考えていない人々が多いのだと思います。
「半沢直樹」を見る限り、立場が上の人ほど「自分の出世第一」となっています。
他の企業もそのようなところはあると思いますが、自分の印象としては 銀行はだいたいそんな感じではないでしょうか。

「半沢直樹」では、たしかにリークはありましたが、結果として段ボールは見つかりませんでした。
そもそもの話として、自宅に持ち帰ったり、送ったり、それを追跡したり、そこまではなかなか無いとは思いますが。
ただ、携帯すら出始めたくらいの時代ですから、小型カメラをネットに繋いで自宅の捜索をするということは、当時は無かったですね。
(プライバシーの侵害や著作権、肖像権など突っ込まれるネタともなるので今でも普通はしないと思います)
半沢直樹はダークヒーロー
しかし、冷静に考えてみると、半沢直樹はドラマのヒーローですが、犯罪に手を染めていると言ってもよいと思いますね、、、
隠ぺい工作は立派な犯罪です。営業秘密として管理してある資料などを不正に盗み出したり持ち出したりすることも違法行為となります。
法的には、黒崎主任検査官のほうが正当なのですが、悪者みたいになっているのが不思議な感じですね。
半沢直樹は役員会で『黒は黒、白は白です』と言い張っていましたが、どちらかと言えば自分も黒なのにと思って聞いていました。

証券会社の半沢直樹
新シリーズの3作目にも黒崎氏が出てきました。
金融庁繋がりで、少しだけ触れておきます。
黒崎氏がなぜ証券会社検査を行ったかですが、これは銀行も証券会社も金融庁管轄なのであり得る話ではありますね。
では、何を指摘しようとしていたのか ?
フォックスが巨額損失を出しているという外部が知りえない情報を秘密裏に入手し、雑誌にリークすることでフォックス株価を引き下げ、スパイラルが買収されるのを防いだ。金融商品取引法に基づいた不正情報の入手によるインサイダー取引の疑いです。
相場操縦、情報漏洩に加え、買収提案書などの書類をシュレッターにかけたり、秘密のホルダーに移したりしたことも「検査忌避罪」にも当たります。
ここでも半沢直樹は黒崎氏の追及を逃れますが、ここでも実はやっていることは犯罪なんですね。
それに対して、黒崎さんは優しい。
悔しがっておられるが、すぐに引いてくださる。

もちろんドラマとしてすがすがしい気持ちになりますが、「銀行員の立場でそれはあかんやろ」ということが多く、おそらく皆様と違った意味でドキドキしてドラマを観ています。
そういった事も、またブログに書いていきたいですね。
「陸王」についてもいくつか書かせていただいております。
こちらは、財務や資金調達の目線からですので、ご興味があられましたら目を通していただければ幸いです。
テイクオフパートナーズ代表
MBA
2級知財管理士
2級ファイナンシャルプランナニング技能士
西谷 佳之
いつもご覧いただきありがとうございます。
他各種ビジネスセミナー、個別コンサルタント等を賜っております。
過去講演題目(抜粋)
・スモールベンチャーファイナンスのリアル
・ドラマ「陸王」から紐解く 経営ビジョンが叶える会社の生き方
・オープンイノベーション推進におけるクラウドファンディングの活用について
・銀行から融資を受けるポイントとは
・財務分析の勘所
・女性のためのクラウドファンディング
・POC手段としてのクラウドファンディング
・クラウドファンディングと社会的インパクト投資
・資金調達ツールとしてクラウドファンディングの使い方
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